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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

EAOボナノッテ8月:安全地帯の外へ遣わしてください


 

2019年8月1日/カンボジア・プノンペン

主よ、安全地帯の外へと私を遣わしてください!

友人、サレジオ家族の皆さん、

 カンボジアより心からのあいさつを送ります。今年2期目のEAO東アジア・オセアニア地域巡回の旅の、2つ目の訪問地に来ています。EAOボナノッテは、2014年4月、第27回総会の後、23か国から成る私たちの広く多様な地域において、サレジオ家族のメンバーの帰属意識を高めるささやかな試みとして始まりました。EAOの多くの文化は、共同体を築くため、人間関係を深めるために、物語を語ることに価値を見いだします。

 今年、私がチェコスロバキアを脱出してから早、35年になります。国を出たのは、プロジェクト・アフリカの宣教師になるためでした! 1984年8月のある夜、若いサレジオ会員であった私はユーゴスラビアとイタリアの国境のアルプスを越えました。その冒険は私の全人生と召命にしるしを刻み、さまざまな場で何百回もそれについて語りました。共産主義国、チェコスロバキアの脱出を計画するのに、1982年から2年かかりました。Missionary ad gentesすべての民への宣教師となるためでした。そして、とうとうその時が来て、1984年8月、プラハからアドリア海の沿岸(ユーゴスラビア)まで行くのに2日、そしてイタリアとの国境の山を越えるのに一晩しかかかりませんでした。

 神に、そして一人のサレジアニ・コオペラトーリ会員に感謝、私はアルプスを越えることができ、トリエステ(イタリア)にたどり着きました。そこは、私がサレジオ会員となって初めて出会った、教会法にのっとって設立されたサレジオ会修道院でした。当時は、私が母国に二度と帰れないことがはっきりしていました。私はパスポートも無く、小さなカバン1つ、何枚かの夏服、1冊の本─新約聖書だけを持って国を出たのです。実に、私はすべてを後にしました。安全上の理由から、両親にも、友人にも、ほかのサレジオ会員にさえ、何も言っていませんでした。

 なぜすべてを後にしたのでしょう? イエスに従うためです。宣教の道をたどるためです。人々に福音をもたらす道具として、主が私をさまざまな方法で準備してくださったと理解したからです。最初のアフリカの夢に代わり、長上の意向で韓国に行くことになりましたが、人生の全体的方向性は変わりませんでした。それは、「すべてを後にし、すべての人のためにすべてとなる」ことでした。

 それ以来、この35年間、困難の中にあっても努力と喜びあふれる熱意、使徒職への情熱を湧き上がらせるのは、いつも比較的容易でした。すべてを後にすること‐Cetera tolle‐は、若者の魂、兄弟会員の心にますます自分を近づけさせると、何年も後になって、私ははじめて理解するようになりました。呼びかけへの従順は、自分自身を余すところなくイエスにささげるために大きな力をくれる、日々の賜物となっていました! 多くのサレジオ家族のメンバーが、それぞれの安全地帯の外へと日々出て行き、若者の心に近づく喜びを体験することができますように、主に願いましょう!

EAO東アジア・オセアニア地域顧問
ヴァツラフ・クレメンテ神父, SDB