総長メッセージ3月「神のまなざしで眺めよう」
総長メッセージ(”Bollettino Salesiano” 2019年3月)
「神のまなざしで」眺めることを学びましょう
パナマで行われたワールドユースデーで、またドン・ボスコの素晴らしい祝日に、私は多くの若者たちの証しを聞きました(これまでに見た中で最も大規模な行列も体験しました)。若者たちは数々の人生の体験の中で、特別なまなざし、つまり神のまなざしで見つめられるのを経験したのです。
親愛なる皆さん、
私はパナマのワールドユースデーで素晴らしい人びとと感動的な若者たちに出会いました。教皇様が大会期間中にドン・ボスコについて、また彼が神のまなざしで見ることができたことをお話しになったので、インターネット中継により、それは瞬く間に世界中に伝わりました。その様子はまだウェブ上にありますし、これからもずっと残ることでしょう。
サレジオの家で出会ったひとりの若い女性の話が私の心に深く響きました。彼女は若い母親で、重い病気のために1年半以上も家に引きこもっていました。誰のことについても聞きたくなく、誰かを訪ねることにも、誰かが訪ねて来ることにも気が進みませんでした。彼女にとって、人生は終ったのも同然でした。
その女性を大事に思う人びとが、サレジオの家に行ってみるように勧めました。半ば強制的に促され、抵抗もしましたが、彼女は結局出かけて行きました。そして、その日から今日に至るまで数年が経ちましたが、彼女はそのサレジオの家から離れたことはありません。私はそこで彼女に会い、彼女のことを知りました。彼女がどれだけ苦しみ、闘ってきたかを私は一瞬たりとも想像することができませんでした。彼女のエネルギー、リーダーシップ、他の人びとと一緒になってものごとに取組む能力は、つねに前途が開ける人生、よい結果と成功を収めてきた人ならではのものに違いないと私には思えたのです。
事実はそうではなく、彼女はかけがえのない機会を与えられたのです。不安と恐れを感じながらやって来た彼女は、何も聞かずに「神のまなざしで見つめることのできる」人びとと出会ったのでした。
このように、パナマで行われたワールドユースデーで、またドン・ボスコの素晴らしい祝日に、私は多くのの若者たちの証しを聞きました(これまでに見た中で最も大規模な行列も体験しました)。若者たちは数々の人生の体験の中で、特別なまなざし、つまり神のまなざしで見つめられるのを経験したのです。
■人生を抱きしめる
教皇様は土曜日の祈りの夕べで、美しい言葉で次のようにおっしゃいました。「人生を抱きしめるということは、完全ではないこと、純粋でも“純化”されてもいないこと、だからといって愛に値しないわけではない事柄すべてを受け入れる時に見られるのです」と。これは互いに人間として関わり合う時、私たちの態度に違いをもたらします。私たちにはわかっています。私たちの多くは確信しています。読者の皆さんの多くは確信しているにちがいありません。「愛は癒す」のだと。愛は癒しです。「愛されている人だけが救われる」のです。ですから、まさにこのために、教育者として、またサレジオのスタイルの支持者として、あるいは単にこの世に生きる善意の人びととして、私たちが踏み出すべき第一歩は「人生で起こることを受けとめること……人生をあるがまま抱きしめることを恐れない」(教皇フランシスコ、2019年ワールドユースデー、祈りの夕べ)ことです。
この文章のはじめに私がお話しした若い母親にとって必要だったのは、人びとの中に生きる場所を見つけることでした。そこはあるがままの彼女を必要としてくれるより大きな「共同体」で、自分の手と心と精神、存在そのものをもって、自分が「何かの一員」だと感じられる場所でした。そのような場所を見つけたことが彼女の人生を変えました。
先述のように、ワールドユースデーの祈りの夕べで、教皇様はドン・ボスコに触れて話されました。教皇様の言葉は私を感動で満たしますが、多くを求められていることも感じます。なぜなら、ドン・ボスコに対する忠実が今日意味するのは、彼がかつてした、また今するであろう選択と決断を私たちもしなくてはならないことであり、教皇様の言葉を聞いて無関心でいることはできないからです。
■根っこの贈りもの
教皇様はおっしゃいました。「聖ヨハネ・ボスコは若者たちを探すために遠くまで出かけはしませんでした(さあ、この場所にいてドン・ボスコを愛している人は!…[歓声 拍手])。ドン・ボスコは遠い所や特別な場所に若者たちを探しに行くことはしませんでした。彼はただ、自分のいる町の自分の近くで起きていることすべてを神のまなざしで見ることを学びました。そうして、彼は、教育も仕事も社会からの救いの手もない、見捨てられたおびただしい数の子どもたち、若者たちの姿に強く心を打たれました。大勢の人びとが同じ町に住んでいました。多くの人びとがそういう若者たちのことをよく言いませんでした。けれどもその人たちは、神の目で若者たちを見ることができなかったのです。私たちは神のまなざしで若者たちを見なければなりません。ドン・ボスコはそれをしました。そして第一歩を踏み出す勇気を見いだしました。目の前にあるいのち・人生を抱きしめました。そこから、彼は恐れずに次の歩みを進めました。若者たちと共に共同体を、家庭を創りました。そこでの仕事や勉強を通して、彼らは愛されていると感じることができました。ドン・ボスコは若者たちに天国までたどり着くために、拠りどころとなる根っこ(基盤)を与えたのです。彼らが社会の中で一人前になれるようにと。最初の嵐がやって来た時に彼らがしっかりと掴んで立ち続けていられるようにと根を与えること。ドン・ボスコがしたのはそれでした」。
ここで取り上げたことやパナマでの日々の他の多くのことが私の心に刻まれました。多くの顔が私の心と魂を満たしています。ちょうど、偉大な司教ペドロ・カサルダリガが死を間近にし、神のみ前に立つ姿を想像して語ったように。生涯で何を成したかを尋ねられたなら、私は空の手を差し出すだろう、しかし名前でいっぱいの心も、と。
友人の皆さん、「ボレッティーノ・サレジアーノ」―創始者であるドン・ボスコが大事にし、高く評価していたコミュニケーションの手段(サレジオ会会報)―の読者である皆さん、「神が私たちに与えてくださる救いは、私たち一人ひとりの物語が愛の歴史を織り成す一部になるようにという招きです。その歴史は生きたもので、私たちの只中に生まれようとしています。私たちがどこにいてもあるがままで、私たちを取り巻くすべての人びとと共に実りをうむために」(教皇フランシスコ)。
心を込めて
ドン・アンヘル
サレジオ会総長 アンヘル・フェルナンデス・アルティメ神父
《翻訳:サレジアニ・コオペラトーリ 佐藤栄利子》