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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

総長メッセージ4月:神は限りなく広い心をドン・ボスコに与えました。


総長メッセージ(Bollettino Salesiano 2023年4月)

神は限りなく広い心をドン・ボスコに与えました。

神は海の砂浜のように限りない大きな心をドン・ボスコに与えました。私は毎日、その心の鼓動を感じています。

 

彼の名前はアルベルト。一方、彼女は若い母親で、私は名前を知りません。彼はペルーに、彼女はインドのハイデラバードに住んでいます。この二人の人生の物語を結びつけているのは、私が奉仕の務めの中で二人に出会ったということです。一人にはペルーで、もう一人の若い母親には翌週インドで。二人に共通していることは、かけがえのない事実です。彼らは、ドン・ボスコの家でドン・ボスコに温かく迎えられたことを通して、神の優しさを知るようになりました。それは彼らの生き方を変え、貧困の状況から ‐ もしかすると死からさえ ‐彼らを救ったのです。主の過越の実りは、癒やし救う人間の行いを通してももたらされると、言うことができるでしょう。

これからその二人の話をします。

数週間前、私はペルーのワンカヨにいました。私はちょうど、その管区のサレジオ青年運動SYMのメンバーである680人を超える若者たち、またペルーの山々に抱かれた海抜3200メートルもの高さにあるその町の数百人の人々と、ミサを捧げようとしていました。そのとき、ある卒業生が私に会いたがっていること、彼は5時間もかけてやって来ようとしていて、また5時間をかけて帰途につくことを知らされたのです。私は喜んで彼に会いたい、それほどまでして会いに来てくれる彼の素晴らしい思いに感謝すると答えました。

そしてミサが始まる前に、一人の若者が私のところに来て、私に会えてどれだけ嬉しいか話してくれました。彼は自分の名前(アルベルト)を言って自己紹介し、こう言いました。「僕がここにいるのは、ドン・ボスコへの感謝を、直接総長様に伝えるためにこの旅をしたかったからです。サレジオ会員たちは僕のいのちを救ってくれたのです」。私は彼に感謝を伝え、どうしてそう言うのかと尋ねました。彼が証しを続ける間、一つ一つの言葉が私の心にますます深く届きました。彼は自分が厄介な少年だったことを話しました。危険に瀕している子どもたちのための家の一軒に自分を迎え入れたサレジオ会員たちに、たくさんの迷惑をかけていたのです。サレジオ会員たちには、彼を厄介払いする理由がいくらでもあったそうです。「僕は哀れな悪魔で、不幸になっても当然でしたが、サレジオ会員たちは忍耐強く僕に接してくれました。だから、僕は道を切り開くことができ、勉強を続けました。僕が繰り返し反抗しても、彼らは何度も新たな機会を与えてくれました。現在、僕は家庭を築き、かわいい娘が一人います。社会教育の仕事をしています。サレジオ会員が僕にしてくれた助けがなかったなら、僕の人生はすでに終わっているか、終わっていなくても、もっと違ったものになっていたでしょう。」。

私は言葉を失うほど感動しました。彼が会いに来てくれたこと、彼の言葉、遠くから旅をして来てくれたことに感謝している、彼の生きたあかしがすべてを語っていると、私は彼に言いました。彼はさらに、その場にいた一人のサレジオ会員を紹介してくれました。その会員は教師の一人であり、彼に多くの忍耐を示した一人でした。そのサレジオ会員は微笑みながら ‐ きっと大きな喜びを心に抱いて ‐青年の話をそのとおりだと裏づけました。私たちは後で、アルベルトが家族のもとに帰る前に昼食を共にしました。

この出会いから5日後、私はインド南部のハイデラバード州にいました。ある日の午後、数多くの挨拶や活動の只中、そのサレジオの家の受付で、6ヶ月の娘を連れた一人の若い母親が私を待っていました。彼女は私に挨拶したかったのです。とてもかわいい赤ちゃんで、こわがらなかったので、私は腕に抱いて祝福することができました。その若い母親のリクエストで写真を何枚か一緒に撮りました。

これがその出会いのすべてです。何の言葉も他には語られませんでした。それでも彼女には、痛ましいけれど美しい物語がありました。この若い母親はかつて、一人きりで路上で暮らしているところを保護された少女でした。彼女がどのような運命をたどっていたかもしれないか、容易に想像できます。よき主のみ摂理のうちに、彼女はある日、ハイデラバードでストリート・チルドレンを迎える事業を始めたサレジオ会員に見つけ出されました。彼女は他の少女たちと一緒に住む家に迎えられた一人でした。私のサレジオの兄弟たちは、他の教師たちと共に、少女たちが教育を受け、すべての基本的ニーズが満たされるよう心を配りました。こうしてその少女は、今日ある姿に至る道を歩むことができたのです。彼女は妻であり、母であり、そして私にとって貴重に思えることに、私たちが会った学校の教師でもあるのです。どれだけ多くの人生がよりよいもの変えられるか、その鍵がここにあります。

私たちにできる善を通して神の手が届くことを、この二つの物語のうちに見ずにいられるでしょうか。世界のどこにいようと、生活や職業がどうであれ、私たちは皆、人間性と一人ひとりの尊厳を信じる者です。私たちはよりよい世界を築き続けるべきだと信じています。

私がこのことを書くのは、よいニュースも知らされなければならないからです。悪いニュースは自然に、もしくはそれによって利益を得る人々によって広められます。私にとって極めて生き生きとした、短い時間のあいだに出会ったこの二人の人生の物語は、私たち皆が為そうとする善は、行う価値のあるものだということを、幾度となく千回までも確認させてくれるのです。

皆さん、主のご復活おめでとうございます。この確かな信仰から遠ざかっている人々にも、よきことの訪れを心から願います。

 

総長アンヘル・フェルナンデス・アルティメ神父

《翻訳:サレジアニ・コオペラトーリ 佐藤栄利子》

 

 

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