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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

総長メッセージ 3月「やもめの献金」


 

総長メッセージ(”Salesian Bulletin” 2018年3月)

 

やもめの献金

私の机の上に、最も貧しい人々への献品が添えられた手書きの手紙がありました。

 

 親愛なる読者の皆さんへ

 私たちのうちのほとんどが、福音書のこの個所を思い浮かべることができるでしょう。エルサレムの神殿でやもめが施したささやかな額の献金にどれだけ多くの価値があるかを、イエスは語っておられます。人間の基準からすれば少額であっても、それは彼女の全財産で、神の目には大いなるものとされたのです。

 今日、皆さんに伝えたいのは、私自身もこういう体験を何度もしてきたということです。最近では、まさに昨日の出来事でした。トリノのヴァルドッコで充実した素晴らしいサレジオ家族の霊性週間を過し、私はローマに帰ってきました。サレジオ家族に公式に属する31のグループのうち22のグループから367人が集いました。ドン・ボスコのサレジオ家族は多くの枝を持つ大樹なのです!

 戻ったときに1通の手紙が私の机の上にありました。フランスの小さな町から届いたものです。友人は、お名前を出さなければ、手紙のことを皆さんに打ち明けてもきっとゆるしてくれるでしょう。良い出来事、美しい出来事は人々に知られるべきだからです。

 その手紙は、私が毎日受け取る数多くの手紙とどこが違ったのでしょうか。差出人はイタリア出身の92歳になる高齢の女性で、妻として母として生き、現在は夫に先立たれ、未亡人となっています。シンプルな便箋に自筆で書かれ、世界のサレジオ会の宣教地ならどこでもかまわないから、最も貧しい人のためにと献品が添えられていました。

 ここまでなら、貧しい人々のためにささやかな献金を送って多くの善を成してくれる他の数多くの人々と何ら変るところはありません。

 それが特別だったのは、この友人が自分にとって何にも代え難い貴重なものを差し出したからです。それは彼女と亡くなったご主人の結婚指輪と、病気で家にいる人に聖体を届けるための銀のピクシスでした。

 私は強く心を揺さぶられました。その手紙を何度も繰り返して読みました。そして二人の夫婦愛のしるしであるその結婚指輪をじっと眺め考え込みました。

 この献品をお金に換えたなら、私が自分でそれを最も貧しい宣教地に届けに行こうと誓いました。それによって、私たちは生活必需品にも事欠く貧しい家族を助け、また機会に恵まれないひとりの少女に教育のチャンスを与えることができるでしょう。(贈り主が女性であることから私はこれを思いつきました。ひとりの少女のよりよい未来のために自分のプレゼントがその子の教育に役に立ったと知ったら、彼女もきっと喜んでくれるでしょう)。

 このささげものによって購われる糧にも特別な価値が加わることを私は確信しています。 ようやく「よい知らせ」が  私たちが住んでいるこのグローバル化された世界の多くの社会では、悪いニュースばかりが報道されます。悲惨な出来事、天災、暴力による死など。

 その結果、このような考えが浮かびます。「どうして人間の情愛があふれ、心を感動で満たす話──私がちょうど皆さんにお伝えしたような話──が好まれ、ニュースとして取り上げられないのだろう。それこそニュースとなるべきなのに」。ですから、私は決めました。それを知らせようと。私と同様に皆さんの心も幸せで満たしてくれることを確信して、私はお伝えします。

* * *

東ティモールからの挨拶

 今、私は、東ティモールの田園地帯に暮らす素朴な人々──困難と犠牲の経験の豊かな、善意と信仰心に満ちた人々の中にいてこれを書いています。

 ちょうど昨日、私たちはドン・ボスコの祭日を祝いました。間もなく私はファトゥマカでADMAの会員たちと共に、大勢の人々との集いでミサを捧げることになっています。この地の善良で宗教心に富んだ、心の開かれた人々の間に、サレジオのカリスマがいかに深く根づいているかを見ることができます。

 これもまた私たちの世界です。これも、ニュースなのです。

 皆さんにたくさんの恵みと祝福がありますように。

サレジオ会総長 アンヘル・フェルナンデス・アルティメ


《翻訳:サレジアニ・コオペラトーリ 佐藤栄利子》