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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

宣教促進の知恵 1992-2019


 

(BoscoLink – 2019年11月25日 東京)
https://www.bosco.link/webzine/53101

宣教促進の知恵 1992-2019
アキレ・ロロピアナ神父へのインタビュー

──神父様は宣教促進のために長く歩んで来られましたね。最も心に残る体験を3つあげてくださいますか。

 一つめの体験は、1992年10月、バンガロールでの宣教促進会議に初めて参加し、当時の宣教顧問ルチャーノ・オドリコ神父にDBVGドン・ボスコ海外青年ボランティアグループの体験について報告するよう招かれたことです。DBGVはその数か月前、ラバウル(パプアニューギニア)で初めての活動を行ったばかりでした。そのころ私はワープロを使っていて、まだコンピューターは使っていませんでした。クリス・サルダナー神父がパソコンで私のレポートを書き上げてくれました。コンピューターの使い方を学ぼうと決心したのは、それがきっかけでた。

 二つ目の体験は、我らが愛するEAO東アジア・オセアニア地域のほとんどの管区を訪れたことです(27年間で59回、日本を出て地域各地を訪れました。会議のため、ボランティア活動、黙想会、巡礼などのために)。それによってEAO地域への大きな愛情が育まれました。EAOはいつも私の心と祈りのうちにあります。実に、EAOの宣教活動への関心は、私の霊的生活の柱となっています。自分は地域という視点で物事を見るサレジオ会員だと感じています。

 三つめのすばらしい体験は、私たちの地域の偉大な宣教師たちに会う機会に恵まれたことです:ゼン枢機卿、香港のアクィスタパス神父、マカオのニコシア神父、テテレとギゾ(ソロモン諸島)で会ったカペッリ司教、パプアニューギニアのバルベロ・ヴァレリアノ神父、ラバウルとセブで会ったザーゴ神父、韓国のファッキネッリ神父、インドネシアのカルボネル神父、オーストラリアのヴァレンゴ神父とクァランタ修士らです。ここにあげたのはごく一部です。多くの若い宣教師にも会いました。特に、フィリピン、ベトナム、インドからの宣教師たちで、EAO地域で福音を広めるため、すばらしい働きをしています。

──神父様は私たちの地域における、また会全体における宣教促進の順調な進展を見てこられました。宣教促進の進展をどのように感じていますか。

 はい、地域における宣教促進は順調に進展してきたと言えます。特に広報、養成と関連する分野で。パラニャケでは、地域の多くの若い会員が充実したサレジオの養成を受けてきましたし、これからも受けるでしょう:そのうえ、英語を覚え、たくさんの新たな友人ができます。喜ばしいことです。いくつかの管区でその実りが見られます。特に、ベトナム、インドネシア、東ティモール、パプアニューギニア、ソロモン諸島、またモンゴルやサモアでも。残念ながら、我が管区はまだ同じレベルまで行っていませんが。特にBoscoLinkのおかげで、また地域顧問の細やかな働きかけのおかげで、私たちの地域のコミュニケーションは目覚ましいレベルに達しています。

──2014年以来、EAO宣教促進担当者の会合が毎年開かれています。ここ最近の主な実りは何でしょう。

 以前はそうではありませんでしたが、2014年以来、EAO宣教促進担当者は毎年、地域の便利で素敵な会場に集まっています。シアヌークビルやディリは、私たちの会合にうってつけのすばらしいところでした。最良の実りは、宣教促進の体験の分かち合いと、メンバー同士の友情です。この実りによって、私たちはそれぞれの管区で良い宣教促進者となるよう力づけられ、そのためのヒントやアイディアをお互いからもらいます。もう一つの実りは、私たちのさまざまな管区における宣教師会員と、地域各地からの若いボランティアの存在です。彼らの存在は各管区を豊かにし、霊的な一致を保たせてくれます。

──EAO管区における宣教促進には、どのような挑戦がありますか。

 どの管区も、それぞれ特有の挑戦を前にしていると思います。モザイクを作り上げる石の色や大きさがさまざまであるように、各管区の状況や雰囲気は多様です:しかし、EAOは、美しく、愛に満ち、偉大で有望なさまざまな民族と文化に富んだ地域です。私の管区では、会員に宣教促進に関心をもって関わってもらうことの難しさを感じています。

──新たに任命される管区宣教促進担当者(PDMA)の養成で、何が大切ですか。

 新たに任命されたPDMAにとっていちばん大切なことは、他者への、他者が抱えている問題への関心、配慮を育むことかもしれません。特に私の管区では、会員がそれぞれの仕事に献身しながらも、自分の仕事以外のことは何も考えられない姿が見られます。また、英語を理解し、理解される英語で自分を表現できることは、最近のディリでの会議でMCジョージ神父が強調していたように、私たちが取り組まなければならない挑戦です。

──神父様は多くの地域会議に出席されていますね(フライト数1082)。参加者や運営担当者へのアドバイスはありますか。

 多くの優れた運営担当者を見てきましたが、私はその任を引き受けたことがなく、それを申し訳なく思います。私からは何も良いアドバイスはできないと思います。運営担当者の優れた采配、犠牲、献身に心から感謝しています。

──何か夢や願い、祈りがありますか。自由にお願いします。

 この何年か、会合の終わりに、私は参加者に別れを告げながらいつも言ってきました:「前に会ったときにも言いましたが、私が来るのはこれで最後です……」 しかし、次回どうなるか誰が予測できるでしょう? いずれにしても、良い後継者が誕生するよう祈っています、そして、会議で皆を明るくするため、気持ちの良いジョークの時間があるといいと思います。翻訳者の会議(2014年、ダラット)や(2018年、シアヌークビルの)宣教促進担当者会議のときのように。笑顔や心行くまでの笑いは、「良い知らせ」を「魅力あるもの」にするすばらしい手段です。福音宣教について語るとき、教皇フランシスコが私たちに教えているように。