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サレジオ会 日本管区 Salesians of Don Bosco

シリア「シリアのために祈ってください」


 

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(ANS – 2016年8月2日 ポーランド・クラクフWYD大会)
http://infoans.org/en/sections/special-reports/item/1474-i-thank-you-all-and-i-earnestly-ask-you-to-pray-for-my-beloved-country-syria

 2016年7月、ポーランドのクラクフで、世界中から50万人の青年が教皇フランシスコを囲んで集まり、第31回WYD世界青年の日大会(World Youth Day)が開催された。30日に行われた祈りの集いの時、激しい内線が続くシリア・アレッポのサレジオ会オラトリオ(教会の青少年センター)のリーダー、ランド・ミットリさんは、戦禍の中でも誰も希望を奪うことはできないと語った。

 

 こんにちは。私の名前はランド・ミットリです。26歳です。私はシリアの自然科学大学を卒業し、現在、アレッポ大学の修士課程で勉強しています。私はアレッポのサレジオ会ドン・ボスコ・センターのメンバーです。ご存知のように、私たちの町は破壊され、荒れ果て、打ち砕かれました。私たちの人生の意味は無に帰してしまいました。私たちは、忘れ去られた町です。

 私は21人の仲間と共に、中東のサレジオの若者を代表し、シリア、レバノン、エジプトから皆さんに会いにやって来ました。サレジオ会共同体のリーダー、シモン神父様も一緒です。皆さんとこうして一緒にいられることを、私たちは神に感謝します。

 愛する祖国シリアで起きていることの全貌を知り、理解するのは、皆さんの多くにとって難しいかもしれません。数行の言葉で、苦しみの中にある生活について分かち合うのは、私にとって大変難しいことです。私たちの心の痛みは、あまりに大きく、言葉に表せませんが、私たちの生きている現実のいくつかの側面を、信仰の仲間である皆さんにお話ししてみたいと思います。

 私たちは毎日、死に取り囲まれて生きています。でも皆さんと同じように、毎朝、職場や学校に行くため家を後にします。その瞬間、恐れに捉えられます。帰って来たとき、今、後にしたのと同じ姿で家や家族を見ることができないかもしれないと。その日、自分が死ぬかもしれません。または家族が。死や殺戮に取り囲まれ、逃げ道がない、助けてくれる人は誰もいないというのは、とても苦しく辛いものです。

 神様、あなたはどこにおられるのですか? 私たちを見捨てられたのですか? あなたは存在するの? 私たちを憐れんでくださらないのですか? あなたは愛の神ではないのですか? 毎日、数分間、このように問いかけます。私には答えがありません。

 これが最後ということもある? 苦しみながら死ぬために私たちは生まれて来たの? それとも、生きるために、満ち満ちたいのちを生きるために私たちは生まれてきたのでしょうか? 私の戦争体験は厳しく、辛いものです。しかし、この体験によって、私は早く成熟し、大人になり、物事を別の視点から見られるようになりました。

 私はアレッポのドン・ボスコ・センターで奉仕しています。私たちのセンターは700人以上の若者を受け入れています。若者たちは、微笑みと励ましの言葉を求めてやって来ます。生活の中に欠けているもの、真に人間らしい触れ合いを求めています。しかし、私自身、そういったものが底をついているのに、喜びと信仰を人に差し出すのはとても難しいことです。

 この戦争で、センターでも多くの人を失いました。13歳の男の子ジャックは、カテキズムに参加し友達と遊ぶためにバスを待っていたとき、死にました。不幸にも、戦争の敵意と人の心に巣食う憎しみが、この少年を殺してしまったのです。ある日の夕方、アンワルとミシェルは私たちと別れ、次の日もセンターで会えると私たちは思っていました。しかし残念なことに、その夜の眠りは、二人にとって永遠のものとなりました。家が破壊され、二人はその下敷きになり、天国の天使たちの仲間入りをしたのです。死んだ人々の中には、私の友人、ヌールやアントワヌ、ウィリアム、そのほか多くの若者がいます。彼らはただ、人間を信じる勇気を持っただけなのです。彼らは皆、この血なまぐさい戦争の殉教者です。意味のない不条理な戦争、私たちの魂、夢、希望を破壊したこの戦争の。人のいのちの破壊は、レンガや石の破壊に比べて、無限に大きな損失なのです。

 このすべての苦しみにもかかわらず、教会での私の生活、友人たちの生活は、私たちの町の子どもや若者への奉仕、喜びに満ちた自己贈与でありつづけています。私たちはドン・ボスコの足跡をたどっています。ドン・ボスコは、増し加わる苦しみに応えて、喜びを二倍に増やした人です。私たちは、水汲みを手伝ってくれる子どもの中に、危険にさらされた人を救出しようと働く人々、子どもたちに食べるものを持って帰るまであきらめない親たちの中に、神を見ます。

 私は乏しい人生経験を通して、キリストへの信仰が人生の置かれた状況を超えるということを学びました。この真理は、苦労のない平和な生活を送るという条件に制約されません。私たちのあらゆる苦しみにもかかわらず、神は存在すると、私はますます信じています。時に私たちの苦しみを通して、愛の本当の意味を神は教えてくださると私は思います。キリストへの信仰は、私の喜び、希望の理由です。このまことの喜びを、誰も私から奪うことはできないでしょう。最後に、私はよみがえられた主に願います。傷つき、悲しみ、見捨てられたすべての人の心に、いつくしみをもって触れ、喜びを蒔く恵みを、私に、シリアに暮らすすべての人に、そして世界中の人々にお与えください。これは、地上のすべてのキリスト者にあてられたメッセージなのです。

 皆さんに感謝します、そして心からお願いします、私の愛する祖国シリアのために祈ってください。