イタリアSYM巡礼(6) ドン・ボスコ生誕200周年ミサ
3年間の準備、そして祝いの年、ドン・ボスコ200歳の誕生日が、とうとう明けた。
「今日、私たちは、歴史における神様のすばらしい介入を感謝します。そしてさらに具体的に、ベッキの山々から始まったこの歴史を、神様に感謝します。」ドン・ボスコの10人目の後継者は荘厳ミサの中でこのように語りかけた。
200周年前夜がゆっくりと明け、世界が目覚めていく中(その夜眠った人たちにとっては)、SYM DON BOSCO 2015の若者たちはその典型的な朗らかさをもって、再びコッレ・ドン・ボスコを活気で満たし始めた。
若者と共に数千人が集い、コッレ・ドン・ボスコのミサが始まった。サレジオ会総長アンヘル・フェルナンデス・アルティメ神父がミサを司式し、トリノのチェザレ・ノシリア大司教、名誉総長パスクアーレ・チャーベス神父ほか多くの司祭が共同司式した。
フェルナンデス総長は、若者たち(「ドン・ボスコの司祭としての、牧者としての生涯の存在理由、今日私たち皆がここに集う理由」)にあいさつの言葉をかけた後、1年前にこの同じ場所でドン・ボスコ生誕200周年の開始が宣言されたときの精神を思い起こした。サレジオのカリスマがますます生き生きと燃えるため、この時を真の霊的・司牧的刷新の機会としてとらえたい、と願った人々の精神である。
1年後の今日のミサは、「私たちの生きてきたこの1年を、注いでくださったすべての恵みを、そしてこの生誕200周年の賜物として刷新され実を結んでいるいのちの歩みを、主に感謝する」もの。同時に、私たちのまなざしを、19世紀のあの司祭に今一度注ぐためでもある。彼は「イエスが12人に仰せになった言葉を非常に真剣に生き」、すべての人、特に最も貧しく、見捨てられ、危険にさらされた人々の僕となった。
フェルナンデス総長はまた、この1年の間に、教皇フランシスコが、ヴァルドッコ訪問の折、そして6月24日の書簡でサレジオ家族に示した要素を取り上げた。マンマ・マルゲリータの姿;人々のもとへ出かけて行くこととドン・ボスコの勇気ある選択;言語、民族、文化、宗教の壁を超え、貧しい人々のための貧しい人々による、幅広い運動をおこすということ;温かく迎える喜びのスタイルである。
総長は最後に、ドン・ボスコ生誕200周年後の歩みを示した。「私たちサレジオ家族の、福音を告げ知らせ、教育の使命に取り組む未来を夢見ながら前進しましょう。力と福音的新しさにあふれ、勇気と預言的まなざしをもって、聖霊に自分たちをゆだね導かれながら。」
(ANS – 2015年8月16日 イタリア・トリノ)
http://www.infoans.org/1.asp?sez=1&sotSez=13&doc=13166&lingua=2